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暖かい。 そう思って目を開けると、大きな深緑の瞳が見降ろしていた。 まるでエメラルドのようにキラキラと輝いて見える深みのある美しい緑の瞳。 だがその瞳は自分の顔よりも大きかった。 あり得ないほど大きな人間。 思わずどきりと心臓が跳ね上がり、悲鳴をあげそうになったが、ああ、そうだ。確かスザクとか言ったなこいつ。と、寝る前の状況を思い出した。 寝起きに巨人は心臓に悪い。 「よかった。起きたんだ」 ほっとスザクが息をつくので、ルルーシュは思わず眉を寄せた。 そう言えば確か箱の中のベッドで横になっていたはずだ。 だが今は赤子よろしくタオルに包まりスザクの腕に抱かれていた。 「君、いくら呼んでも返事しないし、寒そうに震えてるし、顔は青いし、ホントびっくりしたんだよ」 見ればスザクは眉尻を下げ、その大きな瞳に水分を含ませ、まさに泣きそうな顔をしていた。ああ、だからその深緑の瞳がキラキラと輝いて見えたのかと納得した。 その表情からも本当に心配していたと言うのが、否でも解った。 「ああ、すまない」 そんな男の様子に思わず謝罪を口にした。 「寒かったの?」 「いや・・・」 「誤魔化さないで。寒かったの?」 「・・・少しな」 顔をそむけながら言う言葉に、信じたら駄目だなとスザクは思った。 痛くても辛くても平気だと言った前科もある。 だから彼の言う少し、という言葉も嘘だと考えるべきだ。 「すごく、寒かったんだね。こんなに蒸し暑いのに寒いなんて熱があるのかな」 薬は飲ませられないし、どうしようか。 「蒸し暑い?」 その言葉に、あり得ないだろうとルルーシュは反論した。 「なんで?暑くないの?今梅雨だし、見ての通り僕はこうしているだけで暑くて汗が流れるよ」 ジメジメした空気のせいもあり、シャツが張り付くぐらい肌がベタベタしていて正直不快だが、この部屋には扇風機しか無い。 その扇風機は現在最大風力でスザクの背中に生ぬるい風を送り続けている。 言われてみればスザクは半そでのシャツにハーフパンツ。その肌には汗が浮かんでいて、前髪は汗で肌に張り付いている。見るからに暑そうだった。 ルルーシュはそろそろと手を伸ばし、スザクの胸に触れてみる。触れた掌からじわりと熱が伝わってきて、冷えていた指先が温まっていくのが解った。 「お前は暖かいな」 これだけの熱を発しているスザクが腕に抱いていたから暖かくなったのか。 ルルーシュは納得し頷いた。 「蒸し暑くないの?う~ん。体のサイズが違うから体感温度が違うのかな」 スザクは慎重に指でルルーシュの頬に触れてみた。 間違っても爪で傷つけないよう指の腹で触れてみてわかったが、小さな彼の体は冷え切っていて冷たい。熱があるようには感じなかった。 ルルーシュは、そのスザクの指が暖かかったのか、気持ち良さそうに目を細めた。 「さっきはここまで寒くなかったんだが・・・」 そう言いながら、ルルーシュはブルリと震えた 「お風呂上がりだったからでしょ。でも困ったね。どうしようかな」 スザクは眉尻を下げながら、ルルーシュの体を覆うように掌をその体の上に乗せた。 ざわざわとざわめく教室で、僕は窓際の一番後ろの席に座った。 「よお、スザク!今日も早いな。ホントどうしたんだよお前」 いつもぎりぎりに来るくせに、此処数日どうしたんだ? そうにこやかな笑顔で近づいてきたのは友人のリヴァル。 彼は僕の右隣に腰を下ろした。 「最近早くに目が覚めるんだ。それに、僕の部屋エアコンないしね」 「あー、解る解る。この教室、涼しいもんなあ」 全室エアコン完備! 此処は天国だと言いたげにリヴァルは涼しい空気の中で体を伸ばした。 「俺も早く来たら涼しい思い出来るって解ってるんだけど、なかなかねぇ」 そう言うと、ぐったりと机に突っ伏した。 その数分後にはいつも通り退屈な講義が始まる・・・のだが。彼にはそうじゃないらしい。眠くなるような教授の声が聞こえ始めると、僕のポケットがもぞリと動いた。 僕はTシャツの上にノンスリーブのパーカーを着ていて、そのパーカーの大きなポケットから、そっと彼が顔を覗かせた。 窓際の一番後ろを選ぶ理由はこれだ。 この場所なら、彼が机から顔を覗かせた所で誰にも見えない。 単位を取るのが目的でここを選択する学生がほとんどだ。だから大半は居眠りをしていて、リヴァルもその大半の一人だった。 教授はもうこの状況に慣れており、講義を真面目に受けたい相手には熱心に教えるが、寝ている相手は基本無視だった。 僕もまた大半の居眠り常習犯の一人だったのだが、彼は真面目に受ける側だった。 僕は掌に頬を乗せ、顔を俯かせるような視線で彼を覗き見ると、彼は僕に構う事無く、好奇心旺盛な瞳で、真剣に教授の話に耳を傾けていた。 とはいえ、常に真面目な生徒というわけではない。 彼の興味を引かない講義ではずっとポケットで眠っていた。 眠る彼がいるポケットに手を忍ばせると、僕の手の暖かさが丁度いいらしく、抱きまくら代わりに腕をまわしてくる。 差し入れた時は熱いぐらいだった掌が、彼のひんやりとした低い体温でゆっくりと冷やされていく。それが例えようがないほど気持ちよかった。 こうして大学に連れてくるようになって解ったのは、彼がとても優秀だと言う事だ。 僕が内容についていけず頭を抱えていると、的確なアドバイスをくれる。 最近は参考資料を探す前に、彼に質問をする事が増えた。 資料に書かれた面倒な説明よりも彼の説明のほうが解りやすく、資料を探す手間が省けるというのが主な理由ではあるが、質問をするたびに彼の知識の豊富さに舌を巻き、そして物分りの悪い生徒に懇切丁寧に教える教師に徹する彼の姿は凛々しく、何時もと違って見える。 スザクが苦労の末正解を導き出すと、その顔にふわりと優しい笑みを浮かべるため、眼福であるその笑顔を見るためにスザクはまじめに勉学に励むようになった。 彼は何もせず僕に保護されている事は心苦しかったらしく、文句を言う事無く僕の勉強に付き合ってくれた。 出会った当初の体調不良はやはり寒さからくるもので、こうして常に温めていると、彼はすこぶる元気だった。 元気になりすぎて「今まで世話になった。いずれこの恩は返そう」と言って出て行こうとしたのがこの2カ月ほどで既に10回を超え、それを引きとめるのにいつも苦労する。 こんな小さな体で、運動神経も正直良くない彼が生きていけるとは思えない。 小人の国に帰るのか聞いてもはぐらかされるので、彼は帰るべき道を見失っている事はすぐに解った。 ならば、無理をして国に帰る必要はないじゃないか。 僕がちゃんと世話をするんだし。 そう考えていると、ルルーシュはするするとポケットに戻っていった。 授業が終わったようだ。 講義が終わると、あちらこちらで欠伸が聞こえ、皆眠そうな目で席を立った。 「ふあぁ~。終わったー。そうだスザク。今日時間空いてるか?合コンの人数足りないんだよ。行こうぜ」 今日も美女ばかり集めてるからさ! 合コンの幹事役を任される彼はよくスザクを誘った。 女性は大好きだし、時間も余っていたから今までは二つ返事で返事をしていたが。 「ごめんリヴァル。今日は用があるんだ」 そう言って断ると、リヴァルはあからさまに残念だというように眉尻を下げた。 「何だよ。今日もか?お前バイトしてるのか?」 「バイトじゃないよ。ごめんね」 「お前、最近付き合い悪いよな」 「そうかな?」 「そうだよ」 リヴァルが不貞腐れたようにそう言うので「ごめん、また今度誘って」と言い残し、僕は席を立った。 残念そうに断るスザクの声に、ああ、俺がいるから遊びに行けないのかと気がついた。 俺をポケットに入れた状態で女性となどこの男は考えないだろうし、かといって一人部屋に残せば、寒さでまた体調を崩すと考えているに違いない。 だから渋々誘いを断っているのだ。 どこまでも優しい男だなと、俺は嘆息した。 今は夏だと言われ、最初は信じられなかったが、温度計で確認すると確かに真夏の暑さだった。 だが、なぜか俺の周りの空気は冷え切っていて、スザクの体温を分けてもらう事で体温を維持していた。 湯たんぽやヒーターも試したが、体温でなければ暖かさを感じないのだ。 そのため、俺の体調を気遣って、出かける時も常に俺を温めてくれているのだが、それはつまりスザクの自由を全て奪っているという事。 今までその可能性に至らなかった自分を恥じた。 瀕死の所を救けてもらい、衣食住の世話にまでなってその上自由まで。 駄目だな、やはりこれ以上甘える訳には行かない。 ルルーシュはポケットの中に入れられたスザクの掌によりかかり、毛布を頭からかぶってそんな事を考えていた。 ああ、またなんか考え込んでいるな。 ちらりとのぞき見たポケットの住人を見て、スザクはそう気がついた。 彼がこうして頭から毛布をかぶり顔を隠した姿に、そう勘が告げていたからだ。 あまりいい事は考えてない。 また出て行くとか言い始めるのだろうか。 ああ、そんな気がする。 ひんやりとした心地よい体温を掌に感じながら、スザクは今回はどう乗り切ろうかなと眉尻を下げた。 |